趣意書
これまでの10年間で、インターネット社会が人びとの暮らしや仕事のやりかを大きく変え、そして同時に、社会の成り立ちや産業構造も、大きく変わろうとしています。こうした変化のスピードはさらに速まり、これから20年後には、おそらく現在からは想像もできない世界になっていても不思議ではありません。IoT(モノのインターネット)の技術によって加速するサイバー空間と、リアルな世界とが一体となった“サイバー・フィジカル・システム”が、私たちの社会を構成するあらゆる現実を飲み込んでいこうとしています。
ものづくりでは、決して負けていないと自負している製造業の技術とその情熱は、新たに形成される競争環境の中で、引き続き今後20年間輝き続けていられるのでしょうか? ネットワーク社会の中で、それぞれの企業の高い現場力は、ITを活用して、さらなる飛躍を遂げることができるでしょうか? デジタル化が当たり前となる新しい時代では、「つながる工場」や「つながる現場」のしくみがなければ、生き残れないのです。ITとものづくりが融合すると、これまでにない効率とスピードで意思決定がなされ、その流れに乗れない工場、変われない現場は、置き去りにされてしまうでしょう。
日本的なものづくりとは、人中心のものづくりです。日本国内からものづくりがなくなることはないでしょうが、日本的なものづくりが消えてなくなることはあるのです。多くの生産現場では、そこで起きているさまざまな問題を、そこで働いている人が自ら発見し、問題を解決するために創意工夫し、そしてカイゼンすることで、最終的に工場全体の品質やパフォーマンスを向上させています。トップダウンなIT化を進めると、こうした活動が受け入れられないしくみとなる危険性があります。
ITとものづくりが融合したグローバルなエコシステムができあがったとき、ものづくりの要素技術の優劣に関係なく、その世界を作り上げたプレイヤーが中心となってその世界をコントロールすることになります。つまり、そのプレイヤーがゲームのルールそのものを作る側となるのです。たとえ、現時点で世界最高峰のものづくりを自負していても、それがオープンでつながるしくみとなっていなければ、こうした次の時代のスタンダードにはなれないのです。
インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブは、それぞれの企業が抱えている課題の中で、企業が単独で解決することがむずかしかった問題を、複数の企業がつながるしくみを構築することで解決するための道筋を見つけます。それぞれが身を置く競争環境のなかで、あえて協調する部分を設け、その部分のものづくりとITのしくみをメンバーとともに考えていきます。
さまざまな工場のさまざまな現場が、業種、業態の違いを超えてつながるためには、それぞれの仕事の形式や情報の形式を、事前にある程度そろえる必要があります。製造業の各社が、これまでは、自前主義で、すべてをゼロから作り上げていたものづくりのしくみを、共通部分は外部から調達し、自社の得意な部分のみに資源を集中するやりかたに切り替えるために、何が共通で、何が固有であるかの見極めから始める必要があります。
ポイントは、ITと現場のしくみ、現場で産み出されている技術やノウハウの接点にあります。そして、自ら働く人の要素を組み込んだシステムとするために、また、個々の現場の独自の取り組みを活かすために、緩やかな標準によってネットワーク化するための“リファレンスモデル”を構築していく必要があります。これによって、個々の企業は、それぞれの得意な技術をブラックボックス化したまま、あらたなエコシステムのなかで確実につながることができ、新しい時代の新しいマーケットがグローバルに展開します。そしてこうした取り組みを、あえて他社より先んじて行うことで、あたらしい時代のイニシアチブをとれるのです。
インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブは、「つながる工場」のためのリファレンスモデルを、企業単独ではなく複数企業が共同で構築することをサポートします。生産技術および生産管理のネットワーク化を推進し、人と機械が共存したものづくり、個人と企業とが協調したものづくりを、革命的ともいわれるこれからの新たな潮流のなかでグローバルに展開します。海外の現地工場に製造現場をもつオーナー製造業はもちろん、工場に設備や機器を提供するベンダー企業、工場の仕組みをインフラとして提供するインテグレータ企業など、多くのステークホルダによってこの課題を解決していきます。
2015年6月
設立発起人代表
法政大学デザイン工学部教授
西岡靖之