2. 現状認識とものづくりの課題

日本の製造業が置かれた状況は、ここ1、2年の景気動向や為替レートによって、いったんは持ち直しているようにも見えます。しかしながら、貿易収支を見れば歴然とわかるとおり、モノを作って輸出する力はかつての1970年代、80年代からは比較にならないほど落ちています。また、雇用の受け皿としての期待も、失われた20年を経て、今では完全にサービス業にとって代わられています。

加えて、産業のコメと言われてきた半導体産業の失墜と、それに拍車をかけたコンシューマ向けエレクトロニクス産業の低迷により、日本のものづくりへの自信とプライドが大きく揺らぎました。アップルコンピュータに代表されるイノベーティブな商品の企画力の欠如が、そのまま企業の収益力に影響し、技術は高いが売れる商品が作れないという傾向が今も続いています。

一方、海外のメガヒット商品を支えているのは、日本企業が作った高性能な部品であり、そうした外には見えない部分でのものづくりは大きな収益を上げているということもできます。また、そうした工場を高度に自動化し、高品質な製品を製造するためのFA機器や工作機械は日本製である場合が多いのです。さらに、炭素繊維など、原材料や素材の世界でも日本企業の躍進は目立ちます。

ものづくりにはこのようにいろいろなステージがあり、こうして考えると、日本のものづくりもまだまだ大丈夫、と安心していてもよいのかもしれません。しかし、やはり、コンシューマ向け製品は、付加価値が最も高く、派生するサービスなどの需要をも含めると、その経済的効果は莫大です。ソニーのウォークマンや任天堂のファミコンのように、新たなカテゴリを産み出すようなイノベーティブな商品はもう生まれないと諦めてよいという理由は、どこにもありません。

ドイツ政府がインダストリー4.0を政策の一部として掲げた理由は、国をあげての製造業の競争力強化です。製造業の競争力が相対的に落ちているのは日本もドイツも同じなのです。さらに中小企業の多い産業構造も、日本とよく似ているともいえます。勤勉な国民性からしても共通するところが多そうです。だからといって、インダストリー4.0の政策がそのまま日本にあてはまるわけではありません。「自動化という視点でいえば、日本ですでにできていることばかり」とか「目指しているところは崇高だが、どうせできるはずのない内容で話題先行」など、批判的な意見も聞こえてきます。

ただ、ここで指摘しておきたいのは、こうした楽観的、あるいは自己肯定的な方向に流れがちな日独の比較分析ではなく、あえて悲観的な視点、つまりすでに大きく引き離されており、追いつけるかどうかわからない部分があるのではないかという立場から見えてくる違いです。それは、まさにICTに対する姿勢と、標準化やフレームワークによって大連携する巧みさにおける違いなのです。

一般の日本企業では、社員の流動性が低い上に、生産現場で一人前になるには10年から15年かかるともいわれます。したがって、ものづくりの方法について、社外と比較する機会はめったになく、その必要もありませんでした。したがって、いざシステムをつなげよう、などと言った途端に、ああでもない、こうでもないと延々と議論が続きます。つまり、モノゴトを抽象的にとらえ、言語化し、形式知としていく能力において、日本人は欧米諸国から大きく後れをとっているといえます。

また、連携という観点からいえば、日本国内の場合、基本的に性善説に基づいた管理方法となっています。一方、欧米は基本的に性悪説であり、みずからすすんでカイゼンするというマインドはあまりありません。ましてや、守るべきところを守らないとすべて盗まれてしまいます。セキュリティの問題など、これまでは国内だけで閉じていた場合には問題が顕在化されなかった部分が、ICTを利活用してグローバル展開する段階になると、こうした基本的なスタンスが大きな弊害となる可能性があります。

日本の製造業が海外展開する際に、常に技術流出のリスクと向き合ってきました。デジタル化が進めば進むほど、この問題は深刻であり、結果として後発企業による技術のただ乗りを許してしまうことになるかもしれません。オープン&クローズ戦略3)によって、競争力の源泉となるコアの部分をクローズにするという理屈がわかっていても、前述の理由から、実際にその切り分けをすることができません。

ならばいっそのこと、すべてをオープンにして、競合相手をこちら側のプラットフォームに呼び込み、マーケットそのものを拡大するというプラットフォーム戦略もありでしょう。しかし、こうした戦略は、さらに高度なかけひきと、知財戦略およびマーケティング戦略を組み合わせ、国際標準化などの手法を適宜組み合わせながら進める必要があります。こうしたグローバルな規模のエコシステムを形成する能力については、日本はもっとも苦手とするところであると言わざるをえません。

インダストリー4.0の狙いや取り組みは、現在の日本の技術力からすれば、そう大きな脅威ではないと見て取った人も、もし、インダストリー4.0や、インダストリアル・インターネットコンソーシアム4)の裏側に、こうしたグローバルなエコシステムをしかけ、自社あるいは自国に有利なしくみを作り上げようとする思惑があったとすれば、いま、なにもせずに傍観しているのは、危険極まりないことであると気づくはずです。