4. 日本的な工場のパラダイムシフト

加工組立型のものづくりにおいて、部品の共通化は、コスト削減と品質安定において非常に重要なポイントです。市場ニーズの多様化、個別化に対応しつつ、工場での安定的な操業を維持するためには、製品のバリエーションを、部品の組み合わせ、あるいは一部の部品の差し替えのみで対応するマスカスタマイゼーションを志向する必要があります。

また、個々の作業場(ワークセンタ)では、作業の標準化が求められます。作業を標準化することで、作業者による品質のばらつきをなくすと同時に、作業者それぞれの習熟のスピードを速め、多能工化を容易にします。個々の作業が標準化されれば、ライン全体の能力バランスや、最適な工程設計も可能となり、自動化ラインへの展開あるいは並立も可能となります。

このように、製造業の内部では、これまで、部品の共通化、作業の標準化の取り組みが、全社的な活動として積極的に行われてきました。日本の製造業の技術力と生産性の高さは、こうした取り組みの成果といってもよいでしょう。これらの活動は、設計、生産、販売などの異なる部門が連携しつつ、社内のカイゼン活動の一環としても進められてきました。

ところが、企業間では、こうした共通化、標準化といった取り組みが、まったくといっていいほど進みません。メーカー側が極めて強い影響力をもったいわゆるケイレツ企業内での連携の場合を除いて、サプライチェーン、エンジニアリングチェーンにおける共通化、標準化の取り組みは、あまり聞かれません。これは、ある意味で当然のことです。つまり、2つの組織が、協調よりは競合の関係にある場合には、お互いの利益の合計を増やそうとするWin-Winの関係は成り立ちにくいのです。

ただし、競争環境が変わり、ゲームのルールが変わると、この状況が一変することになります。マーケットがグローバルに展開し、競争相手の多くが海外のグローバル企業を含むサプライチェーンとなったとき、これまで競合していた相手とも協調しながら、グローバルな土俵で戦っていかなければならなくなりました。1990年代後半くらいから、サプライチェーンマネジメントということばが注目されるようになったのもこうした理由からです。

しかし、だからといって、企業間で、共通化、標準化が進んだかといえば、そうではありません。理由はいくつも挙げられますが、その中で、最も大きな要因として、個々の企業や工場の行き過ぎたクローズ体質と、自前主義があげられます。

基本的に、工場の内部には、多くのノウハウが暗黙知として組み込まれています。したがって、企業競争上の観点から、そうした独自の技術を秘匿することは当然の行為といえます。しかし、多くの工場では、何が固有のノウハウで、何が一般的なのかの区別がつかず、結果としてすべてを隠します。人財の流動性が少ないことも相まって、結果的にミニガラパゴスがいたるところで生まれ、個別に進化してしまいました。

もうひとつが自前主義です。ものづくりへのこだわりや、ブラックボックスを作らないという視点からすれば価値がありますが、ダイナミックなサプライチェーンや部品の共通化、要素技術の標準化といった観点からはデメリットとなります。あえて社外の標準に従わず、独自の社内標準で作ることを差別化だと言う人はさすがにいないとしても、多くの場所で、機能的に大差がないにもかかわらず、自社流に作り直すという“付加価値のないすり合わせ”が横行しているのではないでしょうか。

このように、企業内では共通化、標準化について非常に高いマインドをもった日本企業が、企業間での標準化を核とした連携強化やプラットフォーム化がきわめて不得手であるという実態が現状といえます。そして、この現状を克服し、そこでの原因となる問題を解決していくことなしには、個々の製造業が今後グローバルな競争の中で勝ち残っていくことができないのも事実なのです。

ここで解決のための糸口となるのが、厳格な標準と“ゆるやかな標準”の使い分けです。厳格な標準とは、法律で定められた安全基準や規格をはじめ、製品の機能および品質上、あるいは商品のマーケティング戦略上、必要不可欠となる標準です。一方、ゆるやかな標準は、守ってもよいが、守らなくてもよい標準です。あるいは、ある範囲の中で、それぞれの事情にあわせて独自に変更することが許される標準ということもできます。