10年くらいまえまでは、“製造業の復権”や“産業の空洞化”といったキーワードがよく議論されていました。長く続いたデフレ経済の中では、もはやこうしたことばは肌に合わなくなったのか、あるいは解がない議論にもう疲れてしまったのか、ここ数年はあまり聞こえませんでした。そんな中、欧米に端を発した製造業の未来に関する最近の一連の議論は、IoTやM2Mなど新しいキーワードの効果もあり、ある意味で、とても新鮮です。そして、日本の製造業にも未来への変革が求められているとすれば、この小論は、これまでの製造業がこれまでのやり方で復権するのではなく、新しいタイプの製造業に生まれ変わるための試論ということもできます。
ドイツ政府も、米国政府も、膨大な予算をつかって自国の製造業の競争力強化のためのプログラムを練っています。欧州には欧州の事情にあった欧州流のやり方があり、北米には北米流のやり方があります。日本流、あるいはもう少し範囲を広げて、東アジア流のやりかたで、少なくとも東アジア圏においてイニシアチブをとらなければなりません。
インダストリー4.0のコンセプトを見習うところは見習うとして、ただ、必要以上にその内容に振り回される必要もないでしょう。自分自身の骨格が出来上がる前に、あまりにも回りの調査ばかり進めると、そもそも自分にとって、なにが問題で、何がやりたかったのかが見えなくなってしまう危険性もあります。いっそのこと、やりたいこと、やらなければならないことをゼロベースで議論し、その本質を見極めた上で、あとは見切り発車し、詳細はその都度、走りながら軌道修正していくという方法もありだと思います。
ものづくりにおいて、ICTをどのように活用するかは、これまでも重要な課題としてあげられてきました。ここにきて、センサー技術、ネットワーク技術の急激な進歩により、ものづくりに関するきめ細かなデータが安価に入手可能となったことにより、こうしたデータを用いた新たな展開が見込まれます。ただし、データはデータであり、それらが必要なときに必要なところへ必要な形で提供されなければ価値にならないのです。つまり、新たなものづくり、しくみつくりを提案し、現実のものづくりに役立ててはじめて新たなイノベーションが完成します。
海外では、インダストリー4.0をさらに進めるための国際標準の策定作業も、徐々に進められています。それぞれの企業の利益を守り、新たな製品を普及させていくという観点からの国際標準はもちろん重要ですが、同時に、新しい価値観や基盤となるルールを、守りではなく攻めでもなく、広くグローバルなものづくりの発展のために提案し、普及させていくという役割も、ものづくり大国である日本の使命であるのではないでしょうか。
この小論では、「つながる工場」研究分科会としてのこれまでの活動の中で得られた知見をもとに、日本のものづくりが未来へ向けて、新たな一歩を踏み出すために必要となる考え方についてまとめました。そして、いまひとつ重要なことは、考えるだけではなく、実際に一歩を踏み出すアクションです。Industrial Value Chain Initiativeは、学会の研究分科会という枠を超えて、ものづくりを支える多くの企業や団体の共通の理念として、こうした新たなアクションを支えていきたいと思います。
参考文献
- 5) IEC/TC65/JWG5国内委員会,製造オペレーションマネジメント入門~ISA-95が製造業を変える!,ものづくりAPS推進機構(2015)
- 7) 科学技術振興機構研究開発センター,次世代ものづくり~基盤技術とプラットフォームの統合化戦略~,科学技術振興機構(2014)