もうひとつ海外の動向として注目すべきは、デジタルファクトリー標準(IEC62832)です。この仕様はまだドラフトの段階であり、国際標準とはなっていませんが、工場をまるごとデジタル化し、バーチャルな世界と現実世界とを統合的に管理しようというきわめて斬新的なものです。
表1 デジタルファクトリーのレイヤ構造
レイヤ | 説明 | 例 |
---|---|---|
1 | メタモデルの世界 | 変換ルール、認証方法、識別コード、名付けルール、セキュリティなど |
2 | リファレンスモデルの世界 | 用語辞書、項目リスト、評価モデル、アクティビティモデル、オブジェクトモデルなど |
3 | デジタルな世界 | データ、スキーマ、リレーション、プロシージャ、コンテキスト、オブジェクトなど |
4 | 現実の世界 | モノ、コト、ヒト、お金など |
表1では、レイヤという考え方を用いて工場のさまざまなしくみを整理します。まず、現実の世界のレイヤは、今現在、あちらこちらで起きていること、存在している現実がそのまま対応します。人々の会話や、アナログ的な処理は、この現実の世界のレイアでの出来事です。これに対して、コンピュータが扱うことができるのが、デジタルな世界です。ここでは、データまたは信号(ビット)として、現実の世界の一部が写し取られ、同時に現実の世界と一体となって、現実そのものを変えていきます。
デジタルファクトリーの狙いは、このデジタルな世界を限りなく現実の世界と一体化させ、サイバーフィジカルなしくみとすることです。生産設備やラインの監視や制御など、生産フェーズはもちろん、設計フェーズや保全フェーズなど、工場のライフサイクル全体がそのターゲットとなり、それらをサイバー空間上でつながることで、現実の世界を連携させます。
ただし、もちろん、このようなしくみを実際に構築することは、たやすいことではありません。現実の世界は、企業の枠を超えて、あらゆるところでつながっているからです。したがって、こうした取り組みを可能とするためには、企業の枠をこえたリファレンスモデルが必要となります。表1のレイヤ2にあるように、リファレンスモデルの世界では、対象となるモノを表すオブジェクトモデルや、活動に相当するアクティビティモデルなどを、ひとつずつ定義していく必要があります。
国際標準では、個々のリファレンスモデルを定義する代わりに、リファレンスモデルを作成するためのルール、管理するためのルールなど、リファレンスモデルそのものよりも1つ高いレイヤのモデルを定義する場合があります。これらを、表1ではメタモデルの世界として定義しています。これにより、それぞれの企業が独自のリファレンスモデルをつくることが可能となるのです。
国内では、ものづくりに関するリファレンスモデルとして、PSLXプラットフォーム仕様6)があります。ここで定義された、オブジェクトモデルやアクティビティモデルを、実際の工場で現実に動いているデジタルデータと対応づけることで、業務単位で個別に実装されたICTを、相互に連携させることが可能となります。たとえば、2014年11月に東京ビックサイトで行った「工場まるごと連携」デモでは、生産計画システム、在庫管理システム、スケジューラー、MESなどの独自のデータ構造をもつソフトウェアが、PSLXプラットフォーム上で柔軟に連携できることが実証されました。
ISA-95やPSLX以外にも、製造業のリファレンスモデルはさまざまな地域や分野で存在しているでしょう。この世の中に、唯一のリファレンスモデルは存在しえないともいえます。ただし、もし、同一分野におけるリファレンスモデルが多様にあったとしても、それらを選択するデジタル世界によっておのずと淘汰され、エコシステムの形成とあわせて、リファレンスモデルも自然といくつかの主流に収斂していくと予想されます。
したがって、たとえばPSLXリファレンスモデルに日本的なものづくりの遺伝子を大量に注ぎ込んでおくことで、グローバルに勝ち残ったリファレンスモデルの一部に、その遺伝子が継承されていくことになるでしょう。
- 6) PSLXプラットフォーム仕様書,APS推進機構(2014)http://pslx.org/platform/