異次元の金融緩和による円安の影響もあって、一度海外へ出ていった日本のものづくりが、少しずつ国内回帰しているといわれています。中国はもとより、ASEAN諸国でも、かつてほど人件費は安くなくなり、これが国内への生産体制の移管の後押しをしているのでしょう。しかし、だからといって、かつてのような、薄利多売型の大量生産を再び国内の工場で行うことはないでしょう。
消費行動の多様化、個別化の流れを受けて、生産ラインでは、多品種少量生産、変種変量生産のための小ロット化がますます進み、変化の激しい需要動向に対応するため、製品のライフサイクルはますます短期化、不確実化しています。従来型のサプライチェーン、つまり、必要なときに、必要なモノを、必要な量だけ調達するだけでは不十分なのです。こうした状況に対応するには、そもそも何が必要なのか、どうやったら作れるのか、といったことをエンジニアリングの視点を含めて、企業の枠をこえて連携する必要があるのです。
エンジニアリングチェーンでは、要求される製品の形状や特性に対応して最適な生産方法を決定し、さらにそのための生産システムを設計し準備します。そこで交換される情報は、製品の形状や構造データであり、材料や機能特性データであり、生産プロセス仕様であり、品質検査パラメータであり、設備稼働要件であり、試験結果データであり、QC工程表でありFMEAシートだったりもします。
サプライチェーンと比較して、エンジニアリングチェーンは、一回のPDCAサイクルが長いのが特徴でした。製品のモデルチェンジや新製品開発、工場の新設や増設など、感覚的にいえば、年に数回といったところでしょうか。しかし、生産財の世界では、すでに個別受注設計生産が進んでおり、消費財においても、前述のとおり、製品ライフサイクルの短期化によってその頻度が増しています。エンジニアリングチェーンのスピードアップと、それを支えるICTを駆使した付加価値の高いしくみの新たな構築が求められています。
「つながる工場」によってもたらされるエンジニアリングチェーンへの貢献は多大なるものがあるでしょう。まず、工場間、企業間を論じる前に、企業内でのエンジニアリングチェーンを抜本的に見直すことができます。たとえば、新しい製品に対応して工程設計を行う際に、シミュレーションモデルを用いて解析をするとします。そこで利用されたモデルは、その場限りのものとなる場合がほとんどです。現実は、生産準備の時点で、実際に生産現場で微調整され、さらに生産が開始された以降にカイゼン活動によってさらに変更されていくのですが、それぞれの担当部門が、それぞれのデータを用いており、相互に関係性がないため連携がとれません。つまり、企業内でさえ、エンジニアリングチェーンに関するPDCAがデータとしてつながっていないのです。
もし、この企業内エンジニアリングチェーンが、データあるいはモデル上でつながっていると、どのようなことが起こるでしょうか。まず、工程設計において、モデルを用いたシミュレーションを行う際に、すでに実在する設備のデータ、生産管理で得られた過去の実績データなどを利用でき、データ入力工数が大幅に削減できると同時に、データそのものの信頼性が格段に高まります。また、シミュレーションで用いたモデルを生産管理で利用できれば、現在よりもさらにきめ細かく、かつビュジュアルな生産指示やモニタリングが可能となり、工程設計へのリアルタイムなフィードバックが可能となるかもしれません。そして、保全管理では、設備の稼働実績や今後の稼働計画と、実際の設備点検や保守作業との連携を実際のデータを用いて行っていくことで、予防保全、予知保全の精度が高まると期待できます。
こうして、企業内でのエンジニアリングチェーンをデジタル化していくことで、さらに企業間での連携へと発展させていくことができるでしょう。まず、発注者側と受注者側とで、CADデータなどのエンジニアリング情報を交換するだけでなく、それに対応する工程の履歴データ、品質試験データ、化学物質データなど、双方向のデータ交換が行われることになるでしょう。
また、特にIoTの中で注目されているのが、設備データの交換です。メーカー側としては、生産ラインを構成する設備や機器の性能データや形状データなどを、調達先であるサプライヤーから取得します。このデータは、設備管理や原価管理のマスターを作成する際に利用され、生産ラインの設計やシミュレーションでも利用できるでしょう。一方、サプライヤー側としては、設備の稼働データを得ることで、設備のリモートメンテナンスなど、アフターサービスに活用することができます。
図3 エンジニアリングチェーンにおける企業内・企業間のデータ連携