2015年7月

解説「IoTの可能性と課題」

解説「IoTの可能性と課題」5

さらに、こうした流れと並行して、国内においては2つの取り組みを提案したい。第1に、イノベーションの担い手である中小製造業、ベンチャー企業が、つながる仕組みを利用して、大手企業と対等に取引できる体制を構築するとともに、海外企業や海外の消費者とも直接つながるためのビジネスインフラを整備することである。国を越えたビジネス展開では、リスクやコストの問題から、中小企業はその舞台に立てずにいたが、IoTはそうした制約を一気になくせるはずである。

第2に、地方経済の活性化のために、デザインを含むものづくりの拠点の地方展開を図ることである。IoT時代では、時間と場所を超えて、関係する設計者、デザイナー、生産技術者が世界とつながることになる。こうした流れを魅力的な街づくりとセットにすることで、知的労働者が地域に愛着を感じて、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)の観点からそこに移り住むよう働きかける。大学などの高度な研究機関とも連携し、一つの産業集積が形成されることで、個性あふれる地方の時代が到来するはずだ。

出典:西岡靖之,日本経済新聞2015年7月10日(朝刊)「経済教室」


解説「IoTの可能性と課題」

解説「IoTの可能性と課題」4

ただ、現時点では課題も多い。その筆頭が標準化の問題である。「モノとモノ」、「コトとコト」がつながるためには、企業を超えた共通のルールや決め事が必要となり、それぞれに関する標準化が要求される。日本の多くの製造業は、これまで蓄積してきた膨大な技術やノウハウが社外流出することによる競争力喪失を懸念して、標準化やつながる仕組みにはおおむね閉鎖的であった。セキュリティーに関する課題も、多くが解決されずに残されている。IoT時代へ向けた世界的な変革の流れの中で、国内でも、産学が連携する形で、企業を超えてものづくりが相互につながるための仕組みを構築する動きが現れた。6月に発足した「インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(IVI)」である。

「ゆるやかな標準」というコンセプトのもとで、競争領域と協調領域の境界を、企業の垣根を越えて再定義する。協調領域においては大胆にオープン化し、相互に連携するためのリファレンス(参照)モデルを構築する。トヨタ自動車、日産自動車、三菱重工業、川崎重工業、IHI、パナソニック、日立製作所、三菱電機、富士通、NECなどが、日本発のつながる工場の仕組みをつくり、広く海外にも参加を呼び掛けていく。

日本的なものづくりの文化では、モノをつくるという「コト」を、単なる役務としてではなく、創意工夫の場として、あるいは自己研さんの場として、位置付けている部分がある。個人の能力を引き出し、成長の場を提供するという意味でのものづくりは、おそらく欧米にはない発想である。こうした人中心のものづくりが、IoT時代にも受け継がれ、グローバルに展開していくことを期待したい。


解説「IoTの可能性と課題」

解説「IoTの可能性と課題」3

IoTは「モノ」のインターネットと訳されるが、正確には「Things」、つまり「コト」のインターネットである。身の回りのあらゆる「コト」が必要に応じてデータ化され、グローバルに識別可能なタグが付けられ、それがネットにより時間と場所を超えて相互につながる。これまで価値があったにもかかわらず経済的な取引が可能でなかった「コト」が次々に、ビジネスモデルの対象として躍り出てくるだろう。革命的な流れになるのは間違いない。

ドイツ政府は、ものづくりを産業競争力の基軸に据えた戦略で、新たな産業革命をリードしようとしている。産業構造が比較的日本に近いドイツは、製造業のあるべき姿を、国を挙げて議論し、行動に出た。注目すべきは、ドイツは稼ぐ力として、従来のようにモノを売ろうとしているのではなく、モノをつくる仕組み、つまり生産システムを売ろうとしているという点だ。モノである生産設備は売ったら終わりだが、生産システムとしてソフトウエアや運用管理のノウハウなどをセットで販売した場合は、その工場がものづくりを続ける限り、サービスとしての収益が得られる。

ものづくりと情報通信技術(ICT)の融合による新たなサービス化の流れは、2014年に入ってさらに加速した。米国ではゼネラル・エレクトリック(GE)など大手5社が中心となって、インダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)を立ち上げた。エジソン以来100年以上の歴史をもつGEは、さらに100年後の未来を見据え、サービス産業に向けて大胆にかじを切った。

ドイツや米国のこうした流れが、これまでのサービス産業と異なるのは、製品という「モノ」を起点としたサービスという点である。そのサービスの構成要素として必須となる製品機能をブラックボックス化することで参入障壁を高め、かつIoTのプラットフォームを使い劇的に生産性を高めることが可能となる。


モノとコトの関係モデル

図 企業内、企業間の連携モデル


解説「IoTの可能性と課題」

解説「IoTの可能性と課題」2

IoTとは、身の回りのあらゆるモノが、インターネットにつながっている状態を指す。ネット上でモノを識別するためのアドレスが事実上無限に用意され、さらにはデジタル技術の進歩とデバイス価格の低下により、そうした状態に移行する準備が整いつつある。ネット上に広がるデジタルな世界と、人々が生活する現実の世界を一体化させることで、今まで想像もできなかった世界がやってくる。ドイツ政府が、国の政策として進める「インダストリー4.0」は、第4次産業革命という刺激的なネーミングもあり、多くの関心を集めている。ただし、自動化技術やネットワーク技術で今よりも多様なものづくりを、さらに効率よくできるということは理解できても、あくまでそれは、現在と比較した段階的なものである。それは本当に革命的なことといってよいのか。

本質を見誤らないためのキーワードは「サービス」である。ここでは、経済的に取引可能な「コト」をサービスと呼ぶことにする。わが国の国内総生産(GDP)の7割を占めるサービス業は、文字通りこのサービスを取り扱う。近年は、製造業がサービス業化を志向しているといわれ、「モノ」を販売していた製造業が「コト」を販売し始めた。背景には、物理的なモノの取引の拡大だけでは、もはや企業の成長を支えることができないという現実がある。

一般的にサービスの生産性が相対的に低いのは、その同時性と不可分性による。つまり、サービスを提供する人と受ける人は原則として、同じ時に、同じ場所にいる必要がある。サービスを大量生産し、それを在庫しておき、必要な時に必要な場所に運ぶことはできなかった。IoTがもたらす世界が驚異的なのは、そうしたサービスの基本的な制約を、一気に破壊する可能性を持つからである。


解説「IoTの可能性と課題」

解説「IoTの可能性と課題」

この小論は、日本経済新聞2015年7月10日朝刊の「経済教室」に掲載された内容をもとに再掲しました。

政府の「日本再興戦略」改訂2015が指摘するように、少子高齢化が進む日本が今後さらなる発展を遂げるには、生産性を劇的に向上させることが急務である。ものづくり大国である日本が、グローバル社会の中で稼ぐ力を強化し、同時に、イノベーション(技術革新)を起こし活気にあふれた社会をつくるためのキーワードはIoT(モノのインターネット)である。

本稿では、IoTがもたらす革命的ともいえるインパクトと、その中でわが国が向かうべきシナリオを提示する。